Data-Maxさんにて「OTAKUエリート」記事掲載されました(ありがとうございます

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海外のアキバカルチャーについて書いた、著書の「OTAKUエリート」の内容を、福岡を拠点とするビジネス系のメディアさんがインタビュー形式で追加紹介してくれました。

http://www.data-max.co.jp/280302_knk_01/ (1、自己紹介)
http://www.data-max.co.jp/280303_knk_02/ (2、「デジタルネイティブ」)
http://www.data-max.co.jp/280304_knk_03/ (3、「仲間意識」)
http://www.data-max.co.jp/280307_knk_04/ (4、「サイバーカルチャー」)
http://www.data-max.co.jp/280308_knk_05/ (5、「サイバーカルチャーと社会」)

この手の取材やインタビューでは、記者さんから取材に先立ち質問や全体進行を書いた「取材イメージ」が来ます。初めての経験でしたが当日はしっかり答えられるように、「取材イメージ」を元に事前に考えをまとめました。文化論とビジネスモデルが中心です。

実際の取材ではビジネスモデルについての話も多々ありました。ただし文化論だけでも多岐にわたるということで、記事では文化論に絞られました。

ビジネスモデルについては、他にもっと詳しい人がいるでしょう。とある個人が(一般人)が考えてみたらこうなった、ぐらいの感覚で見てくれると嬉しいです!ヽ(・∀・)ノ

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1.漫画・アニメとの出会いはいつ頃のことになりますか。

・自分は「オタク」と言っても、「漫画・アニメ」のオタクではない。これは珍しいことではなく、同人音楽一筋でアニメは見ない人もいるし、東方Projectの同人誌を描くのに忙しくて漫画は読まない人もいる。ブラウザゲームの艦これ一本という熱心な提督もいる。
・自分は漫画やアニメについては、アンパンマンからドラえもん、サザエさんにジブリと、特に「オタク」ではなかった。ただドラえもんの影響か、「科学・未来・SF」の趣味は幼少期からあり、小学校ころ書いていた落書きや棒人間漫画もSFだった。
・いわゆる「オタク」と呼ばれる道に入ったのは1998年に家族でパキスタンに引っ越し、日本との接点はインターネットだけになったこと。
・シムシティー関連のゲームサイト、そして2ちゃんねる。Flash動画やAA長編、ラウンジにVIPと、2000年来の付き合い

 

2.本著でご自身のことを、「OTAKUネイティブ世代」と言われています。一般的には、耳なれない言葉です。少し解説頂けますか。OTAKUネイティブ世代は、漫画・アニメなど、そして秋葉原をどう捉えているのですか。
「おたく」という言葉は、「オタク」から「OTAKU」へとさらに変遷しています。変遷のポイントを少し解説頂けますか。

・自分がOTAKUネイティブかというと、年齢的にはスレスレだ。
・OTAKUネイティブを生む最大の特徴は、性格ではなく「人格」が形成されるティーン年代に、人格を形成するためのインプットをどこから得たか。
・OTAKUネイティブ世代が受け取るインプットは、ネット経由が圧倒的に多く、サイバーカルチャー、インターネット文化がそのまま人格形成に反映されている。

・OTAKUはコンテンツを楽しむコアな人がほとんどだったが、OTAKUネイティブは文化圏を楽しんでおり、ライトな人からコアな人まで幅が広い。
・具体的には、一番顕著な差は消費するコンテンツの種類の多さ。OTAKUはアニメ、漫画、ゲームと、時たまあるイベントだが、OTAKUネイティブはそれに加えてネットミーム、コラ画像、同人サイト、MAD動画、コスプレ、ボカロ、ゲームMOD、歌ってみた、踊ってみたまで入る
・この多くがビジネス上の数字として出てこないので、版権元とファンの間で、大きな意識の差を生んでいる。

・OTAKUネイティブ世代にとって、オタクコンテンツはこれまで通りの娯楽作品であることに加え、コミュニケーションツール、ネタや創作の素材だったりする。
・その「オタクコンテンツ」としてネットミーム、ボカロ、コスプレ、踊ってみたも含まれ、日本製である必要もなく、江南スタイルだったり、スターウォーズだったり、Undertale、Steven Universe、My Little Ponyだったりする。

・ひらがなの「おたく」からカタカナの「オタク」への変遷は、自分よりもはるかに詳しい人がたくさんいるのでそちらに譲る。自分としては、カタカナの「オタク」はビジネスのターゲットとして定義されたあたりと考えている。
・ローマ字書きの”OTAKU”については、当事者たちがアイデンティティーを主張するために使っており、何でもあり感がする。特に欧米はTrekkieとかRepublicanとかProtestantとか、自らのアイデンティティーを明示的に言葉にして主張する文化なので。

・彼らにとって秋葉原は絶対的聖地かというと、そうではない。秋葉原は文化が作られる場所ではなく、ショーケースされている場でしかない。
・例えば原宿は、アパレル店を開いたり独自ブランドを立ち上げたり、文化を作りに行く場所だが、秋葉原はそうではない。あそこは文化を見に行く場所。
・もし秋葉原のホコ天でパフォーマンスOKならば、アキバカルチャー方面で何か面白いことをする人が現れ、それがネットで大流行する現象が必ず起こる。秋葉原は文化を見る場所ではなく、文化を作る場所になる。

 
3.OTAKUネイティブ世代は、今どのように考え、どのように行動しているのですか。引きこもりなどの印象が強い従来の「おたく」や「オタク」とは、むしろ正反対で総じて活発なのが特徴と聞いています。本著では、『Everyone Creator』とも書かれていました。

・OTAKUネイティブがどのように考え、行動しているかについて、OTAKUである以前に、いわゆる「ミレニアル世代」や「デジタルネイティブ」であることが重要。
・この世代は、つながりを重視し、「共同体への帰属意識が強い」と言われる。
・著書でも紹介した、2ちゃんねるやニコニコ動画でいう所の「おまいら」や、OTAKUコミュニティーへの帰属意識、仲間意識もその表れかもしれない。

・アキバカルチャーのコミュニティーでは、そこに帰属して自分の存在を示すには、コスプレでもイラストでも、コラ画像でもBL小説でも、踊ってみたでも漫画でも、ネットで自己表現することが、仲間に認められる手段。
・盗作や無断商用利用に対して厳しいのは、その裏返し。

・こうしたOTAKUネイティブによるアキバカルチャーを使った自己表現では、「知人」でも「アカの他人」でも「趣味を同じくする、いつでも友人に格上げされうる人たち」というグループが意識されている。
・伝統的には人間関係の親密な順に「家族」、「親族」、「親友や恋人」、「友人」と続くが、この世代には、「知人」と「他人」の間に、「自分を見てくれているかもしれない、趣味を同じくする、いつでも知人や友人に格上げされうる人たち」が入っている。
・OTAKUコミュニティーへの帰属意識や、「今は名前も知らないかもしれないけど、その気になればいつでも友達になれる人たちに囲まれている」ということの安心感は大きい。

・こうした彼らの行動パターンを考える時に障害になるのが、日本のオタクのステレオタイプ。これのせいで低次元なところに時間や紙面が取られ、議論も理解も進まない。
・メディアでネタにしやすい「引きこもり」は差し置いて、日本のオタクも、世界のOTAKUも、今も昔も「インドア派の趣味人」

 
4.本著で「アキバカルチャー」と世界で流行するアキバカルチャー「グローバル・アキバカルチャー」は、似て非なるものと言われています。それは、どういう意味でしょうか?また、その命題を解くキーワード「サイバーカルチャー」も一般には、耳慣れない言葉です。易しく解説頂けますか。

・一般論として、文化という土台の上にコンテンツが乗っており、その文化が、具体的にどんなコンテンツが受け入れられるのか、どのようにコンテンツが消費されるかを形作っている
・すると、二つの違う文化に同じコンテンツが乗っていて、その二つが表面上同じに見えることに
・通常、アキバカルチャーと呼ぶときは、表に見えるアキバ系コンテンツのことを指しているが、そのアキバ系コンテンツを載せている文化が、国内と海外で違う
・すると当然、何がウケるか、なぜウケるか、どんな形でウケるかに差が出てくる
・これが、日本で「アキバカルチャー」として大まかにイメージされるものと、拙著でいうところの「グローバル・アキバカルチャー」の違い

・サイバーカルチャーについて、これはコンピューターの使用によって生まれた文化を広く言う
・サイバーカルチャーの中でも、特にインターネットの使用によって生まれた行動様式や文化、俗に「ネット文化」と呼ばれるものが、「グローバル・アキバカルチャー」と密接に関係している
・日本国内でも、下の世代から「グローバル・アキバカルチャー」に合流してきてる印象がある。子ども・若者が受けとる情報の過半数が、ネット経由の情報になってきているからだと思う
・ニコニコ超会議というイベントは、「ネットの世界を大体地上に再現」という売り文句の通り、サイバーカルチャーの色が強く、外国人OTAKUたちもかなり楽しめると思う。実際に第3回、第4回あたりから会場で外国からの参加者も見るようになった。

 
5.本著を書かれた最大の動機は何ですか?現在の漫画・アニメ関連など、世の中の動きのどこに危機感を感じていますか。日本のコンテンツは正しく海外に発信できているのでしょうか。

・もともとは「オタク視点の留学記を書いたら面白そうだ」という、今から考えたら大して面白くない考えだったが、いざ書いてみると、何かもっと大きくて重要なことに気づかされた。
・それは、例えば自分を育ててきたネット文化や、自分を含め周囲があれほど熱狂している「アキバカルチャー」とは一体何か。
・OTAKUたちの日本に対する理解と、日本人のOTAKUに対する理解があまりにも不釣り合いになってきて、これはもったいないと思ったから。

・美少女ゲーム・萌えアニメの類と、ドラえもんやアンパンマンを一緒くたに扱うのは論外だが、その上で正しく海外に発信できているのかという点については、「正しく」の定義による
・例えばPTAの保守的な教育ママにとっては、「萌え」だの「エロゲ」だの「HENTAI」だの、決して良くは思ってないと思う
・著作権的に「正しく」というのであれば、現状正しいとは程遠いし、かといってその「正しさ」を追究することが利益の最大化につながるかというと、これも相当怪しい

・コンテンツを届けてファンが喜ぶことを「正しく」と定義するのであれば、制作者や版権元が及ばないところを、ファン活動、二次創作やネットミームが補い、結果的に成功している。
・例えばライセンスや法的規制でコンテンツを届けられない穴をファンサブ版が埋めているし、「おそ松さん」のように内容が日本ドメスティックすぎてそのままでは楽しめないコンテンツも、二次創作やファン活動が、世界中で何百もあるそれぞれの文化の中でウケるように調理し直すことで、文化の違いという谷間を埋めている。
・日本の版権元単独では、何百種類もの文化でもウケるようなコンテンツ設計はできない。

・自分が危惧するのは、そうしたファン活動が委縮し、ビジネスモデルの欠陥や、コンテンツ自体が持つ文化的障壁がもろに出てしまうこと。
・そのシナリオの一つが、最近の「バルス祭り」のように、「オトナの介入」でシラケる例
・また別のシナリオが、「著作権」の名の元に徹底的にファン活動を取り締まってしまう例
・これが現実になった場合は、江南スタイルだったり、スターウォーズだったり、Undertale、Steven Universe、アメコミ、My Little Ponyなどがアキバカルチャーにとって代わる

 
6.今「グローバル・アキバパワー」のソフトパワーが、実際に機能し始めています。
この新たなソフトパワーを活かし、世界で勝利するためにはどうすべきなのでしょうか。
その活かし方の例として「アキバカルチャーの力学」をオープンソース化することを提案されています。「オープンソース文化」は21世紀文化とも言われています。この点について、少し解説頂けますか。

・その「勝利」とは一体何だろうと思うが、自分としては「アキバカルチャーを盛り上げ、そこで入ってきた人たちが知日派として活躍する」と考える。

・アキバカルチャーを盛り上げることについて、最近は制作側も「ユーザー体験」を軸にコンテンツ設計をしており、これは良いことだと思う
・ただその「ユーザー体験」に同人誌、ネットミーム、OFF会、MAD動画、踊ってみた、コスプレや、海外も含まれているのかが気になる。
・メディアミックスを通じて様々なユーザー体験を提供したラブライブは、完璧ではないまでもとりあえず成功例として見ていい。
・カウンターカルチャー心をくすぐり、超短編アニメーション「ほぼ毎日」でネットミームを連発して、むしろ海外で人気を出した「モンスター娘」も成功例だと思う。制作側が意図したかはわからないが。

・問題はその先、アキバカルチャーで入ってきた人が知日派として活躍してくれるかについて、一概には言えないが、アキバカルチャーとはまた別の感動を与えられるかにかかっていると思う。
・それは伝統芸能だったり、マナー水準だったり、思想だったり。
・ただし一つ言えることとして、むこうから日本に歩み寄ってきてくれているわけだから、日本側がそれを受け止められないとどうしようもないこと。
・そして受け止めるためには、なぜ向こうが歩み寄ってきているのかを知ることは重要だと思う。

・「オープンソース文化」について、コンテンツを開放することでより広い所から才能やアイディアが集まり、それがコンテンツの生産効率向上と文化の発展に寄与する、という考え方。
・文化や芸術を大企業の手から離して民主化させろというリベラル派の流れの中にある

・アキバカルチャーをオープンソース文化とすべきかどうかは、全面的にYESとはまだ言えない。
・オープンソース文化の枠組みの中でどこまで産業として成り立つのか、まだ模索段階にある。
・ただし、版権元が望んだかはともかく、ボカロや東方のように、アキバカルチャーの一部は現実にオープンソース化しており、有識者団体も興味を示すぐらいなので、検討する価値はある。

・今回は「オープンソース文化」が俎上に上がっているが、今後も色々な文化が検討されるはず
・その文化を指すキーワードを知っていれば、ビジネスモデルを組むときに、少なくともオピニオンリーダーは誰か、誰に相談すればいいかが分かる。
・なのでオープンソース文化にすべきと主張しているのではなく、アキバカルチャーの関係者にもそういう文化論的議論ができるようになることが重要だ、という主張。

 
7.2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向けて、来日観光客が増えています。その中には、多くの「OTAKUネイティブ世代」の来日も含まれます。彼らが日本に求める期待はどこにあるのでしょうか。私たちはどのような「おもてなし」をしたらよいのでしょうか。

・「おもてなし」かたについて、結論から言うと、普通の日本人観光客と同じ対応をすればいいと思う。
・その上で、言葉が通じない分をどうやって補佐すればいいかを考える。
・ただし大前提として、OTAKUネイティブ世代という存在自体を認識しないと「おもてなし」も何もない。

・最初のうちは、アニメで見た街の様子や物を自分の目で確認しようとやって来て、さらに社会や文化や思想の方に意識が移る。
・そこから先、新たな感動を与えられるかが勝負。でも千本鳥居とか高野山の参道とか、アニメではできない感動を提供するネタはたくさんあると思う。
・ただしそうなると、日本側がそういう「ユーザー体験」を考えてあげる必要がある。良いニュースか悪いニュースか分からないが、OTAKUネイティブ世代のせいで求められる自文化理解の水準が上がったかもしれない。

・OTAKUネイティブ世代の真価は、観光客として来日することではない。
・日本がOTAKUネイティブ世代を観光客程度としか認識しないことは、逸失利益はともかく、「裏切られた」印象を与え、大きな損失につながりかねない。
・海外で外交やビジネスパートナーとなる状況のほか、彼らが日本で起業したり、日本駐在になったり、もし日本に住んだらどんな体験を提供できるのかを考えたほうが良い。
・現状ではこれが危機的で、OTAKUネイティブがどうのという以前に、いくら有能な外国人を連れてきても定着しないという話をあちこちで聞く。

 

最後に読者にメッセージを下さい。

「アニメで仲良く」とか「コスプレで世界に友情の輪をつなぐ」とか、青臭い言い回しがあるけど、あれは割と額面通りに受け取っていいと思う。
「アキバカルチャー」やら「OTAKUネイティブ」を巡る議論に、文化論や人類学の本職の人が加わってほしいです。